愛人にのめり込む日本メーカー

 ちょうど一ヶ月ほど前の宋文洲さんのメルマガは大変示唆に富む内容でした。ブログにバックナンバーが公開されておりましたので、まずここに全文引用させていただきたいと思います。

『いつもの袋小路

シャープ、パナソニック、ソニー、エルピーダメモリ、マツダ・・・これだけのメーカーが赤字を計上していることに驚きました。震災、円高、タイの洪水、ユーロ危機・・・過去の一年は日本企業にとって大変厳しい年でしたが、それでも説明不能な軒並み赤字でした。

たとえばシャープ製品の場合、震災と円高がなければシャープ製品はもっと世界で売れたでしょうか。売れたとすればそれはテレビでしょうか、それとも携帯電話でしょうか。アップルとサムソン製品が売れたのは果たしてウォン安やドル安のお陰でしょうか。

そもそも日本メーカーは何をどう作るかというよりも何を止めるべきかがもっと大切であるはずです。どんな高機能をつけてもどんなCMを流しても所詮コモディティ化された製品です。所詮縮小中の日本マーケットにしか通用しないのです。

これについて一部の方々、とくに年をとった方々は必ず「ものづくり」の強化を対策として出すのですが、彼らはこの言葉を既に何十年も言ってきたことと、後輩達が何十年も石にかじりついて頑張ってきたことを忘れています。

日本のものづくりの力が弱くなったのでしょうか。日本製品の技術力と品質が韓国や米国に負けているのでしょうか。違います。むしろ拘りすぎているのです。

北京では日本人である妻がラップから包丁まで日本のものを使うことを私はよく理解できますが、同じ主婦の中国人の妹はそんな細かさを求めていません。ウォシュレットでないと気持ちが悪いと思う日本人は多いですが、海外では殆ど見当たらないのは周知のとおりです。

日系メーカーの相対的衰退は紛れもなく長期トレンドであり、昨年から始まったことではないのです。努力が足りないからではなく、努力の方向が間違っていると考えたほうが無難でしょう。「もの」と「つくり」に目が奪われて大切な顧客を見ていないのです。

北京の我が家には日本メーカーのテレビも中国メーカーのテレビもありますが、正直区別が付きません。わざわざ日本製テレビを買う時代はもう20年前までのことです。確かに痒い所に手が届くような機能があるのですが、大陸型の人にとってかえって面倒に感じる場合もあります。

車と言えば、安いものなら中国メーカーを買うし、高いものならドイツ車。北京の人々は遠出もしないくせに大きなSUV(スポーツ用多目的車)を好みます。ヒュンダイがすぐそのニーズに応えるから中間層のシェアを掴みました。燃費がよく故障が少ない日本車は格好を付けたい車初心者の中国ユーザーに地味に見えるのです。

田舎者だの成金だの不経済だのを言うのは感覚の自由で問題はありませんが、買ってもらないビジネスマンが言うならば筋違いでしょう。

「良いものを作れば必ず売れる」。愚書「やっぱり変だよ日本の営業」
(http://www.amazon.co.jp/dp/4532194873/)がこれを批判して10年以上経ちますが、メーカーの経営者と技術者の多くは未だにこの認識を持つことができません。

売れない理由は現地社会に溶け込めば自然に分かりますが、「もの」と「つくり」にくもった人々は現地社会に興味がありません。会議と日本人バーで徹夜の議論の末、いつも同じ袋小路を行く、「もっと『ものづくり』を磨こう」。


P.S.
先日、久しぶり数人の経営者先輩と一緒にニトリの似鳥さんとお会いしました。ご存じのとおり、飛ぶトリを落とす勢いの彼ですが、100社以上の中国企業からものを仕入れ、東南アジアの自社工場でものづくりもしています。あのユニクロと同様、企画、設計と品質管理を厳しく行いますが、どう作るかはコスト次第です。

ローソンのアドバイザーをやってきましたが、日本のコンビニのプライベート・ブランド(PB)の多さに驚きました。ここも流通主導のものづくりです。不思議に日本でも海外でも流通主導のものづくりは上手くいっているのです。

これまで「皇軍」として持ち上げられてきたメーカーは流通主導のものづくりを「馬賊」だと考えるかもしれませんが、顧客にしてみれば品質と値段が目的であり、誰がどこでどう作るかはどうでもいいことです。「お値段以上ニトリ」はまさにその顧客の本音を歌い上げたのです。そこには「カイゼン」の神話も「カンバン」のストーリーもありません。

「終身雇用」もそうでしたが、一時の、一部の強みをあたかも永遠にそして全体に効くように特化する。この風習は視野を狭くするうえ、簡単な勝ちパターンを求める惰性にもなっています。

「顧客視点がない」と言われるとメーカーは怒ると思いますが、ものとつくりにのめり込むと顧客をみる余裕もなくなるのです。愛人にのめり込む人が「家内も愛している」と言い張る。一緒です。


 いかがでしたでしょうか。この考えには私も同感です。特に、“日系メーカーの相対的衰退は紛れもなく長期トレンド。努力が足りないからではなく、努力の方向が間違っている。「もの」と「つくり」に目が奪われて大切な顧客を見ていない。”という指摘は、極めて痛快であり、的確であると思います。


 宋さんはわりと極端なことを仰いますし、世論に対して逆張りすることも多くあります。それ故、一つひとつの意見に、それぞれ敵も味方も作ることと思います。


 そうした中で、今回のこのメルマガでの提起は、こうした分野を知る人間からしても、全くもってその通りの指摘だと思います。宋さんの意見故、世論や世のメーカー企業の常識とは異なっているのかもしれませんが、その業界の常識が誤っているという証拠が、この日本メーカーの苦戦に現れています。


 企業は、メーカーのみならずとも、顧客を抜きにして経営は成り立ちません。営業だけでなく、すべての業務は顧客のために行なっているのであり、顧客を無視して成り立つはずがないのです。


 日本メーカーもそろそろそのことに気づくべきです。いや、正確に言えばメーカーの中にも気付いている人はいるはずなので、その業界の常識を守り続けているお偉いさんたちは早く身を引くべきと思います。これ以上愛人にのめり込んでいるほど、日本メーカーに余裕はないはずです。